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きになるブログ2 - Hatena Blog

スポーツを中心にIT,ヲタク情報を含め、皆様の役に立つ情報を心掛けて更新していきます。複数ライターによるブログです。今までの過去記事全部載せていますので、きになるブログ2 http://kininaru.bulog.jp/ 本店もよろしくお願いします。

満天の祝福 1

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 1

 寒い夜だった。空には珍しく星が輝き、そういえば冬は空気が綺麗だから星が良く見えると言われているんだったな、などとぼんやり考えながら、私は家路を急いでいた。
 2月半ばのこの季節は、冬の終わりの底冷えであった。吐く息は当然白く、肌の感覚は締め付けられるようであり、しかしそれが少々心地よくもあった。何ということはない、帰りの電車がひどいラッシュで、人いきれの充満した車内から解放された喜びに過ぎないのだが。
 スーパーで日本酒と焼き魚を買った私の足取りは軽かった。何しろ鰤だ。しかも霜降り腹身の良い所なのだから、魚好きには堪らない。角を曲がり、いつもは遠目に見える私のアパートが気持ち大きく見えたくらいで、実際部屋のドアまではやけに近くに感じた。

 

 暖房を点け、コタツに潜り込み、天板の上に置かれた鰤をじっと見つめる。レンジで温め直したにしては、ジリジリと音を立て、実に美味そうである。醤油をちくりと垂らし、箸で身をほぐして口に運ぶ。
 あぁ、なんて美味いんだろう。と思うや否や、すぐに脇に鎮座する日本酒を流し込む。いつもの安酒だが、肴が良いのか、いつもより香りが深く感じる。鼻から空気を抜くと、その香りが一層広がり、まるで脳全体がぬるま湯に浸かっているかのように思えた。
 私はたちまちに鰤を平らげて、皿をシンクに投げ込むと、またコタツに潜って酒を飲んだ。そしてしばらく何も考えず、無意識に首をコキリと鳴らすと、床に投げてあったノートパソコンを拾い上げ、天板の上に慎重に置いた。

 さて、今夜中には仕上げねばならない。

 電源を入れ、システムが起動するまでの間、私は頭をONにするために、灰皿を引き寄せ煙草に火を点けた。私はゆっくり天井に向かう煙を眺めていた。
 と、そこへ呼び鈴が鳴った。何故か反射的に時計を見る。午後10時12分。よっこらせ、とコタツから出て、ドアの覗き穴から外を窺う。
 薄寒い廊下に一人の男が立っていた。手にはコンビニの袋をぶら下げ、俯いて顔は見えない。しかし私には男が渡部であることがすぐに分かった。
 私は鍵を開け、「どうした、こんな時間に」と渡部に声を掛ける。そこで渡部は初めて顔を挙げた。妙に青白い。しかし目はやけに光を帯びている。

「悪いな、こんな時間に。今、大丈夫か?」

 渡部は不思議な程抑揚なく、私に尋ねた。すぐに私は渡部を部屋に招き入れた。

 

 いつもの黒いコートを床に投げ、ふと気付いてコートのポケットから煙草とライターを取り出し、それらを天板に置く。渡部はそのまま灰皿を引き寄せて、煙草に火を点けた。鼻から煙がゆるゆると流れる。しかし味わっている様子はない。
 私はまたコタツに潜り込み、渡部の買ってきたチューハイのタブを開け、サラミの包装を開けた。その間も渡部は煙草を吸う。半ば機械的にさえ吸っている。

「ここ最近沈んでいるみたいだったが、それか?」

 私はそう訊ねてから、チューハイに口を付け、少し眉をひそめた。何故糖類ゼロのチューハイはこんなにもケミカルな味なのだろうか。

「そう、見えたか?」

 渡部は煙草を揉み消し、自分もチューハイのタブを開けて応えた。そして一口飲み、心底美味そうに、ふぅ、と息を吐いた。そちらは糖類ゼロではなかった。
 不意にパソコンがカリカリ鳴った。そこで渡部は初めてそこにパソコンがあることに気が付いたようで、「ああ、今週末だったか。良さそうか?」と尋ねてきた。
 正直、週末の締切までには十分間に合う。だが良いかどうかは分からない。もちろん、自分では良いと信じてはいるのだが。だから、「何とも。決めるのは自分じゃないからね。」と応えた。
 渡部は何やら満足そうに頷くと、また煙草に火を点けた。つられて私も煙草に火を点ける。たちまち煙が天井を覆う。一般的現代人が眉をひそめそうな光景だ。私は身体を精一杯伸ばして、テレビの横の空気清浄器のスイッチを入れる。今朝フィルターを交換したばかりだが、どうも今夜だけで駄目になりそうだ。

 

「で、どうしたんだ、今日は。」

 私はキーを叩きながら渡部に尋ねた。先程から渡部は煙草を吸うか酒を飲むかだけで、今回の来訪の意図を全く話そうとしない。いや、正確には話すべきかどうか躊躇しているようにも見えた。何かを決意して顔を上げては、また俯くということを繰り返していたからだ。
 どうもこのままでは本題に入りそうもない。かと言って襟を正して詰問するのも違う気がしたので、私は自分の作業をしながらさりげなく訊ねたのだ。
 果たして渡部は私のこの言葉を待っていたように、俯いていた顔を上げて、ぼそりと口を開いた。

「…これは、オレの夢では、ないよな?」

「なに?」

 私はキーを打つ手を止め、渡部の顔を見た。渡部はじっと私を見つめている。その表情には何かを期待するような雰囲気が漂っていた。しかしそれが何かが私に分かる訳もなかった。

「…自分が夢を見ているようだ、ということか?」

 渡部は、しかしそれには応えず、

「誰も言わないんだ…。誰も言わない…。」とまた俯いてしまった。

 私は慌てて渡部の肩を掴み、無理矢理顔を上げさせた。

「なんだ?どういうことだ?何を言わないんだ?」

 すると渡部は私の腕を握りしめ、絞り出すように言った。

「俺は、間違っているはずなんだ!」

 何を言っているのか分からなかった。

 

 

‐続く‐

 

posted by todome