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映画 「バンド・ワゴン」(1953年)

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 さて、久しぶりに映画のお話をしようと思います。お題は「バンド・ワゴン」というミュージカル映画です。理由は「スローターハウス5」の時と同じです。なんか面白かったから。そして私は「面白ければ監督や俳優が誰だって良いや!」というボンクラなので、むつかしいことは一切ナシにして、「どういう内容で、どう感じたか」だけをお話しします。それほど器用ではないので、フツーにネタバレもしてしまいます。どうぞご了承ください。

 

 それでは「バンド・ワゴン」のあらすじから始めましょう。

 

 

 かつて一世を風靡したミュージカル映画の大スター、トニー・ハント。しかし時代の変化とともに彼の人気は下り坂となり、今や完全に忘れ去られた存在となっていた。そんな時、友人で脚本家であるレスターとリリー夫妻に誘われ、ニューヨークを訪れる。レスターによれば、ハントを主役とした歌とダンスが盛り沢山の舞台「バンド・ワゴン」を書き上げたというのだ。

 しかし自分の人気をよく知るハントは気乗りしない。そこで今回の舞台演出を依頼している演出家コルドバの舞台を見て、本人にも会ってみてほしいと頼まれる。渋々ながらハントはコルドバ演出の舞台を見るが、エンタテインメントとは程遠い哲学的で高尚な舞台で、ハントは嫌な予感しかしない。

 そしてコルドバ本人に会ってみると、コルドバは歌とダンスの「バンド・ワゴン」を現代版「ファウスト」として作り直し、ハントを改めてブロードウェイに売り出そうと張り切る。ハントら3人はガッカリするが、徐々にコルドバの熱っぽい演説に心を奪われ、コルドバの翻案に乗ることになった。

 コルドバはハントの相手役としてバレエ界の新星、ガブリエル嬢を抜擢。しかし2人の第一印象は最悪。互いにギスギスした空気が漂い、やがて他の役者や舞台のリハーサルにも暗雲が漂い始める。

 果たして舞台「バンド・ワゴン」は無事に開演出来るのだろうか…?

 

 

 某タモリさんも「劇中に急に歌いだす所に違和感を感じる」と言っていたように、私もミュージカル映画はちょっと苦手でした。ですからミュージカル映画で見たことがあるのは「サウンド・オブ・ミュージック」と「雨に唄えば」くらいでして、つまりミュージカル映画の文法や作法などはちっともさっぱり分かりません。

 しかし本作「バンド・ワゴン」はそんなズブの素人の私でも手放しで「面白れぇな、コレ」と思いました。なんでじゃろ、と考えてみますと、実に単純な理由が思い浮かびました。すなわち、

 

 

「ミュージカルの制作現場が舞台」というミュージカル映画だから

 

 

 ということなのです。

 

 

 舞台「バンド・ワゴン」を作るため、ハントはコルドバやガブリエルと会うことになりますが、そのために彼らの舞台を見に行くことになります。いわゆる劇中劇です。劇中劇とは「ある舞台の中で別の舞台が演じられる」という入れ子構造のヤツです。どの劇中劇も歌が入る劇という位置づけですので、無理なく歌う必然性がもたらされています。また物語の終盤では完成した舞台「バンド・ワゴン」が演じられ、ここでも劇中劇として歌とダンスが披露され、やはり歌う必然性がもたらされています。

 加えて、本作のメインは「ミュージカルを作る過程」なので、当然リハーサル等で歌う場面があります。また舞台がハネたあとの打ち上げで、酒を飲み、大盛り上がりの中で歌いだす、というシチュエーションも全く不自然ではありません。どちらも自然と歌うシーンに繋がっていくので、これはとても上手い設定だと思います。

 つまり本作におけるミュージカルシーンの多くは「歌う必要がある場面」で行われるため、違和感を感じにくくなっていると思われます。これが本作の巧妙さであると言えましょう。

 

 とはいえ、劇中ではやはり唐突に歌が始まる場面もあります。冒頭、すっかり忘れ去られたハントが自嘲気味に歌う場面や、コルドバの舞台を見に行く前の気乗りしない気分を歌う場面がありますが、確かに急に歌って踊りだすので、違和感があるといえばあります。こればかりはミュージカル映画の文法ということなのでしょう。しかし本作にはこの点を全てチャラにする要素があります。

 

 それは「歌とダンスが最高水準であること」です。ミュージカル映画なのですから、歌と踊りが高水準であることは当たり前なのですが、しかしズブの素人の私の目から見ても、本作のミュージカルシーンのレベルは恐ろしく高いのです。

 先のコルドバの舞台を見に行く前、ハントは盛り場で靴磨きとともに軽快な歌とダンスを繰り広げます。急に歌って踊りだしたので、正直「おいおい、どうした?」と若干引きましたが、すぐにハントと靴磨きの愉快なパフォーマンスに引き込まれてしまいました。

 靴磨き用の椅子やブラシ、それに周りに設置されたきらびやかなゲームマシンも相まって、ハントのブルーな気持ちがみるみる明るく、前向きに変わっていく様がダンスのキレに反映されていきます。この2人の動きのシャープさ、コミカルさ、そして素晴らしいテクニックは、私の目をたちまち釘づけにしてしまい、先の違和感は全く吹き飛んでしまいました。

 

 またハントがヒロインであるガブリエルと仲違いした時、2人は互いの気持ちを吐き出します。これによって誤解が解けるのですが、しかし2人の空気はまだぎこちないのです。そこでハントはガブリエルを誘って夜の公園に向かい、前置きなしに2人は踊り始めます。

 確かにこの場面だけを抜き出すと、唐突にミュージカルシーンが始まったように見えます。しかし話し合いで和解したとはいえ、まだぎこちない彼らにとって、ダンスこそがお互いを理解し合う最高の言葉だったように思えます。

 2人はトップレベルのエンタテイナーです。ですからこの場面において、もはや彼らには話す言葉はなく、あとは「エンタテイナー同士が互いの実力を確かめ合い、認め合う」ことだけだったのでしょう。そして2人はセッションを通して、協力することで新しい舞台を作り上げることが出来ることを悟るのです。

 「時代遅れのミュージカルスター」と「最先端のバレエダンサー」が寄り添うように踊る。それはとても華麗で、上品で、エネルギッシュで、情熱的です。この場面は本作最高のシーンであり、観客にとって最高に贅沢な時間となります。それほどこのシーンのダンスは見事としか言いようがありません。

 

 

 結局、「バンド・ワゴン」は最高のエンタテインメントであった、という、至極単純な話です。全編を見終わった後、私はこれまで感じたことのない満足感を覚えていました。と同時に、現在のCG多様の映画について考えました。

 CGを駆使した映像美はリアルでモノスゴイものです。しかし本作の人間の肉体の美しさとは次元が違うように思えました。どう違うのか、上手く言葉に出来ません。どうやら最高級のモノというのは、修飾語の意味を無くしてしまうもののようで、どんなに言葉を紡いでも、決してその作品の素晴らしさを伝えることが出来ない、むしろ語れば語るほど、作品の輝きからかけ離れてしまうように思えます。

 

 

 ただこれだけは言えます。現代のCGを駆使した映画は「スゴイモノを見た」、本作は「素晴らしいモノを見た」である、と。

 

 

 

 ということで、私の感想もここまでといたしましょう。皆様にも機会があれば、是非ご覧いただきたいと思います。



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