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スポーツを中心にIT,ヲタク情報を含め、皆様の役に立つ情報を心掛けて更新していきます。複数ライターによるブログです。今までの過去記事全部載せていますので、きになるブログ2 http://kininaru.bulog.jp/ 本店もよろしくお願いします。

日清 「ラ王 復刻版しょうゆ」

日清 「ラ王 復刻版しょうゆ」 http://ift.tt/2Gtk4of

 さて、その日も用もなくカップ麺売り場をうろつく私でして、というのも翌日は仕事が休みでして、ですから朝飯にニンニクガッツリの炒飯でもこしらえて、そのお供にカップ麺でもぶつけてやろうと画策したわけです。あ、用があったねぇ。

 で、いつもはトンコツと決めている私ですが、最近はどのトンコツもガッカリションボリでして、というのも、どうも昨今のメーカーは「コク」と「甘み」を混同しているようで、ラベルでは「濃厚!とか「特濃!」とか「口の中ベッタベタ!(こんなことは言わない)」とか謳っているのに、いざ食ってみると何か妙に甘いだけというモノばかりだからです。まぁ私の口がおかしいかもしれませんが(譲歩)

 ですので、今回は王道のしょうゆにしようか、と棚を見上げますと、何だかレトロなデザインのパッケージのヤツがいたのです。それが今回ご紹介する日清ラ王 復刻版しょうゆ」であり、気が付くと翌朝になっており、コヤツにお湯を注いでいる自分を発見するわけです(ド脚色)

 

 何でも日清では「25周年記念復刻」というキャンペーンをやっているらしく、この「ラ王 復刻版」もその一環のようです。もっとも他にどんな「25周年記念復刻」をやってるかは知りませんが。あ、この間の「チリトマトヌードル」かな?まぁ、日清HPを調べてみても、ひたすら「ラ王 復刻版」をプッシュしてくるだけで、ひとつも分かりませんでしたが(調べ方がヘタ)。ともあれ、初代ラ王について、ちょっとお話ししましょう。

 初代「ラ王」は1992年に発売され、それまではせいぜい「ノンフライ麺」が時代の最先端だったのに、何を思ったか「レトルト生麺」を導入し、レトルトからカップに麺をあけ、そこに湯を入れてほぐし、湯切りする、というカップ麺にあるまじき製法を発明し、生麺感を飛躍的に上昇させ、現在にまで至る「カップ麺本格化への道」出発点というか一里塚というか、とにかくエポックメイキングな商品だったのです。

 いやぁ、当時は衝撃的でしたねぇ…。ホントにこれまでのカップ麺とはスッカリまったくチットモ違う食感でしたから。しかし私は、以前にもお話しましたように、「カップ麺に本格を求めず、ただカップ麺が食べたい人間」でしたので、自然とフライ麺の世界へと戻っちゃいましたが。戻り過ぎて、一時期はチキンラーメンばっかり食ってましたが。あ、これも日清じゃんか!(罠)

 

 で、今回の復刻版ですが、さすがにレトルトを再現することは出来ず(多分機械(?)がもう無いのでしょう)、ノンフライ麺による再現ということになったようです。う~ん、それは残念。かつてのように湯切りしたかった、ような、気もします。ともあれ、早速作ってみました。

 麺にかやくをあけ、お湯を注ぎます。で、5分経ったら、粉末スープと液体スープを入れれば出来上がり。…はて、初代もスープは粉末と液体の2種類だったかのぅ?液体スープだけだった気もするんだが。いやはや、21世紀になってからは記憶が薄れがちです(加齢)

 …なんて言っているうちに5分経ちました。夢のように経ちました。で、食ってみました。…強いしょうゆの風味!ビリビリくるスパイスの辛み!舌の根元になんか残る脂!そうそう、初代もこんな濃ゆいしょうゆだったなァ!これぞまさに、歴代日清製品のしょうゆ味を貫く伝統の味、いわゆる「日清のしょうゆ」であるッ!江田島塾長風)なんだか私、ときめいてしまいました。

 で、麺の方は、なんか、フツーでした。初代のレトルト生麺は、確か、やけに太いクセにまるでコシがなかった記憶がありますが、そういう点ではこのノンフライ麺の再現力は抜群です。21世紀のオーバーテクノロジーが成せる技と言えましょう(褒めてますよ)。

 

 で、21世紀の現在において、冷静に考えてみますと、初代ラ王はつまり「強いしょうゆの風味、ビリビリくるスパイスの辛み、舌の根元になんか残る脂」のスープに「やけに太いくせにまるでコシのない」麺によるラーメンだったわけです。こんなラーメンは、間違っても街のラーメン屋では出てこないでしょう。

 そしてこの味は、どう考えても「本格ラーメンを作ろう」と思って辿り着く味ではありません。本格を求めたら、もっと中途半端な味になっているはずで(これまで「有名店を再現」というラーメンがことごとくアレだったために抱いた偏見)、しかしこの味は見事に完成しているのです、そう、カップ麺として。つまり、初代ラ王は紛れもなく「カップ麺」だったわけです。…なるほど!だから先程、カップ麺好きの私のココロがときめいてしまったのだな!先に「カップ麺本格化への道」とは言いましたが、撤回!ラ王はカップ麺の王道、覇道でやんす!(メガネくん)

 

 てなわけで、ニッポンカップ麺の歴史を紐解く上で避けては通ることの出来ない珠玉の一品、ラ王。そのオリジンを味わってみませんか?発売は2018年1月8日だったようで、私特有の、安定の情報弱者っぷりです。詳しくはこちらでご確認ください。同時発売の味噌も気になりますねぇ。しかし限定発売らしいので、4月にはもうないでしょうねぇ。明日にでも味噌、買ってきます。みなさまも、ゼヒ!(回し者)



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山川直人 「写真屋カフカ 2巻」

山川直人 「写真屋カフカ 2巻」 http://ift.tt/2EG7QLv

 さてこの度(と言っても去年の9月)、あの「写真屋カフカの第2巻が発売されました!いやぁ、ホントに出るとは思わなかったなァ!何しろ作者本人が「1巻の売れ行きによって、話が続くかどうか決まる」なんて言ってましたからねぇ。おかげで発売に全く気付かず、結局今回も発売から入手までに相当時間が空いてしまいましたよ。さて今回もカフカの撮る不思議な写真を中心に、世の中から…。

 …え?「写真屋カフカ」って何かって?…ですよねぇ。何しろ1巻が出たのが2015年の8月で、このブログでご紹介したのもその頃、つまり2年も前の話ですからねぇ。よし!ここはひとつ、改めて「写真屋カフカ」について以前のブログからのコピペでご紹介しましょう(最低)

 

 

 物語は主人公である写真屋カフカの日常が描かれています。カフカは依頼を受ければどんなものでも撮影する、いわゆる普通の写真屋ですが、彼には1つの趣味がありました。それは「これから無くなりそうなもの」を撮影することです。

 携帯電話の普及により最近は見かけなくなった公衆電話をはじめとした、時代、あるいは技術の発展によって消えゆくモノを、カフカは熱心に撮影するのです。そしてカフカはその被写体に関わった者達に、記念として被写体と共に撮影した写真を1枚進呈します。しかしその写真は、不思議なことに一つの幻想を見せるのでした。(加筆訂正一切なし、すなわち外道

 

 

 このカフカの撮影する写真について、以前私は当ブログで、

 

 カフカが趣味で撮影している『これから無くなりそうなもの』」とは「過去」であり、対して「カフカが写真屋の仕事として撮影しているもの」とは「現在」である。したがってカフカは過去も現在も撮影しており、つまりは「時間そのもの」を撮影している。

 

 としました。そしてカフカの撮影した写真が生み出す幻想は「時間の象徴」であると考えたのです。

 しかしもちろん、カフカ自身はそのような「時間そのもの」を撮影しているという自覚はなく、あくまでも「趣味」としか認識していません。それどころかカフカ自身は「自分の撮影した写真が幻想を生み出している」ことを知らないのです。写真を貰った人たちは例外なく幻想を見るのに、当の撮影者であるカフカはこの幻想を見たことがなく、「気のせいだろう」の一言で片づけてしまうのです。

 

 何故カフカだけはこの幻想を見ることが出来ないのでしょう。ここでカフカの行っている撮影とはどういうことなのか考えてみますと、端的に言えば、それは「観察している」ということになります。この「観察する」という行為は、ボンヤリ眺めていれば良いようで、なかなか気を使うむつかしいもののようです。

 中でも、ある物を観察する時、もっとも気を使わなければならないのは、「対象物に影響を与えないようにすること」のようです。自分の「観察」という行為が、対象物の特性を変化させてしまうと、もはやその観察には何の意味もないからです。例えば息子の運動会の撮影に行ったお父さんは、当たり前ですが、観覧席で大人しくカメラを回さなければなりません。エキサイトしてトラックに飛び出して、レースを妨害してしまっては何にもならないからです。ですから、観察者は出来る限り対象物との距離を取らなければなりません。

 さて、カフカが撮影している、つまり観察しているのは「これから無くなりそうなもの」、すなわち「時間そのもの」です。これを観察する最良の位置は、時間から距離を取った位置、つまり「時間の外」ということになります。しかし、もちろん、カフカは時間の外に出ることなど出来ません。

 けれどもカフカは「これから無くなりそうなもの」との距離を取ろうと心掛けていて、なるべく干渉しないようにしています。その姿勢は実に一貫した中立というか、そもそも普段のカフカの生活もどこか浮世離れしており、まるでこの世に生きていないような雰囲気を醸し出しているのです。そう、「時間の外」にいるような…。

 つまり写真が生み出す幻想を見ることが出来るのは時間の流れの中にいる者だけであり、半ば「時間の外」にいるようなカフカには見ることが出来ないのかもしれません。以前、ブログで紹介した際には、カフカは時間の流れの中にドップリと浸かっているように記しましたが、どうもそうではないようです。もっとも、これは私のうがった見方なのかもしれませんが。

 

 さて、そんなカフカの撮る写真とその幻想はやがて噂となり、怪しげなフリーライターが嗅ぎまわるところで1巻は終わりました。2巻でもカフカは世の中にある「これから無くなりそうなもの」を撮影していきます。ネコ屋敷、レトロなおもちゃ、名画座…。そしてそれらを撮影した写真は不思議な幻想を生み出し、見る者に懐かしいあの頃を思い出させるのです。

 しかしこの幻想は徐々に範囲を拡げつつあるようで、噂が噂を呼び、例のフリーライターの追及が激しくなり、とうとうカフカは窮地に追い込まれます…。

 

 そんなカフカと時間を巡る物語が、非常に趣味的で魅惑的、ある種偏執的ともいえる(そう、あのミルハウザーのような!)作画で繰り広げられます。こちらで試し読みが出来ますので、もし興味を持たれましたら、手に取っていただければと思います。

 

 

*さて、本作は月刊誌に不定期連載という、どうかしている掲載ペースですので、3巻がいつ出るのか、そもそも本当に出るのか分かりません。出るとしたら…、オリンピック?それもまた良し!オレは待ってるぜ!



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映画 「グランドマスター」(2013年)

映画 「グランドマスター」(2013年) http://ift.tt/2BRXZBv

 さて、懲りずに映画のお話をしようと思います。今回のお題はグランドマスターというカンフー映画です。…いや、カンフー映画というと語弊があるな。恐らくみなさんが抱いているカンフー映画と言えばジャッキーチェンの「プロジェクトA」(次兄が「『ストーリーを放棄すると映画はこんなに面白くなる』という見本のような作品」と絶賛しており、私もダイスキ)とか、ジェットリーの少林寺」(あれ、少林拳ってカンフーかしら)など、派手なアクションがウリの作品を思い描くことでしょう。

 しかし本作品は確かにアクションシーンはあるのですが、メインテーマはアクションから程遠い所にあるように思えます。そのあたりは後ほどとして、とにかくなんか面白かったの今回ご紹介しようと思います。で、毎度おなじみですが、私は「面白ければ監督や俳優が誰だって良いや!」というボンクラなので、「どういう内容で、どう感じたか」だけをお話しします。平気でネタバレしますのでご了承ください。あ、見終わってから調べたのですが、本作の主人公イップ・マンは実在の人物で、あのブルース・リーの師匠にあたるとか。スゲェ!「ドラゴン危機一髪」とか大好きだぜ!…ではあらすじからお話しましょう。

 

 

 1936年、中国、佛山。中国武術界を総べる八掛拳の師パオセンは、引退を前に武術の南北統一を願っていた。しかし既に高齢の身であるパオセンは引退試合を開き、自分に勝った達人にこの任を任せることにした。パオセンは弟子であるマーサンを推し、南部の流派は詠春拳の達人イップ・マンを推す。

 しかしマーサンのあまりに強い上昇志向を見抜いたパオセンはマーサンを追放、改めてパオセンとイップ・マンの試合が始まる。しかしイップ・マンを快く思わない人物がいた。それはパオセンの娘にして八掛拳の奥義六十四手をただ一人受け継いだルオメイであった…。

 

 

 「なんだ、バリッバリのカンフー映画じゃんか」と思われる方、なるほどごもっとも。しかし物語はここから急展開を見せます。続きをどうぞ。

 

 

 見事パオセンに勝利したイップ・マンであったが、その実力を疑うルオメイに呼び出され、2人は拳を交わす。互いに死力を尽くし、辛くもルオメイは勝利するが、イップ・マンの実力に感服し、また複雑な感情が湧き上がる。そしていよいよ武術の南北統一に着手する直前、日中戦争が勃発し、歯車が大きく狂い出す…。

 

 

 ということで、序盤はアクション激しいカンフー映画なのですが、中盤から毛色がガラリと変わります。ネット上のこの映画のレビューを見ますと、どうやらこの急展開に面喰う方が多いようです。かくいう私もこの作品に関する事前知識なしで、完全にカンフー映画だと思って見ていたので、この展開には「え…?」と思ってしまいました。

 ですからアクションバリバリのカンフー映画を期待して本作を見ると、たいそうガッカリするでしょう。しかし先にも述べましたように、この映画はカンフー映画ではないのです。私が思うに、この映画は「文化が消えていく姿」を描いた作品なのです。この点をご説明するために、物語の続きをお話しましょう。

 

 

 日本軍が佛山に侵攻し、かつての社交場もことごとく日本軍に接収され、イップ・マンも住居を奪われる。また日本軍への協力を拒否したために仕事もなく極貧生活となり、さらに折悪く、香港にいたイップ・マンは交通の制限により、家族とも離れ離れになってしまう。

 一方、マーサンは日本軍に協力し、次第に地位を上げる。その姿を師であるパオセンに示しに行くが、逆にパオセンは跡継ぎを破棄、逆上したマーサンはパオセンを殺害してしまう。それを知ったルオメイは復讐に燃え、修練を重ねる。そしてマーサンに闘いを挑み、激闘の末にマーサンを撃破。しかし深手を負ったルオメイはもはや奥義六十四手を使えない体になっていた。

 戦後、イップ・マンは街の武術道場で師範代として働いていた。偶然にもルオメイと再会し、もう一度奥義六十四手を見たいと願い、しかしルオメイは静かに断る。その後、イップ・マンは多くの弟子を指導するも、それはもはや実践的な武術ではなかったた。こうして1つの時代が終わり、新しい時代を迎えたのである…。

 

 

 いかがでしょう。この物語では3つの文化が消えていく姿を描かれているのです。1つ1つ取り上げてみましょう。

 

 

 1:戦前の中国富裕層の文化

 映画冒頭、中国上流階級による贅沢で退廃的な文化が描かれています。イップ・マン自身、裕福な家の生まれでしたので、このような文化に深く関わっていました。上流階級特有の符丁や嗜好など、「必ずしも必要ではない」からこその艶やかさがあります。

 しかしこの怪しくも美しい文化も、日本軍の侵攻によって破壊されてしまいます。そして戦争が終わって日本軍が撤収した後には、ただ合理的なだけの近代的な文化だけが残りました。劇中でもかつて社交場であったサロンが、戦中には日本軍の怪しげなたまり場として、戦後には無残な廃墟として描かれており、それが冒頭に描かれた文化の美しさを際立たせ、それが消えてしまった寂寥感を醸し出しています。

 2:八掛拳奥義六十四手

 八掛拳の後継者であるルオメイは仇であるマーサンを追うことに固執するあまり、その奥義を誰かに伝えることが出来ませんでした。これで八掛拳の奥義は途絶えてしまうわけです。「もし日中戦争が起こらなかったら…。」恐らく多くの観客が思う事でしょう。

 戦争がなければ拳を交わして心が通じ合ったイップ・マンに奥義が伝わったかもしれませんし、あるいは八掛拳の師として、ルオメイもまた多くの弟子を抱えることになったかもしれないのです。しかし時代の流れが無情にも八掛拳という文化を飲み込んでしまったのです。

 3:実戦的中国武術

 南北武術統一を果たすはずだったイップ・マンでしたが、戦争に巻き込まれ、その目的は果たされませんでした。イップ・マンの属した上流階級はなくなり、生活のために街の武術道場の師範代になります。しかしこの道場で教える武術とは、かつてイップ・マンやルオメイ、マーサンが習得したような実戦的なものではなく、いわゆるスポーツでした。

 演武や護身術としては十分でしょうが、しかし本来は人を殺すための技術です。だからこそ、この技を使うことの意義が重んじられ、使い手の資質が問われたのです。つまり「道」であり、すなわち「武道」なのです。このような思想もまた、戦争によって失われたと言えるでしょう。

 

 

 このような「文化の消えゆく様」が、独特の映像表現によって表現されています。特に「光と影」、「白と黒」のコントラストの表現にこだわっているようで、終盤以外、人物は暗めの色調に統一されており、対して背景は雪や光など、明るめの色調が選ばれています。このような配色が冒頭の退廃的文化を艶っぽく演出していますし、イップ・マンとルオメイ、ルオメイとマーサンの闘いのシャープなものにしています。

 実際、この序盤中盤の「エッジの効いたモノトーン映像」は見るだけでもウットリしますが、そこに技を繰り出す人物のしなやかな動きが加わりますと、美しいを通り越して、どこかエロティックでさえあります。さらに中国映画お得意のワイヤーアクションが加わり、達人たちの異常なポテンシャルを楽しむことも出来ます。対して終盤は豊かな色彩となるのですが、しかしそれがどこか作り物っぽい、上辺だけの安っぽい文化を表現しているようでなりません。

 

 ということで、映像もストーリーもとても良く出来た作品なのですが、いかんせんストーリーは少々急ぎ足ですし、劇中立ち位置のよく分からない人物が散見したりと、整理されていない部分も多くみられます。123分ですから仕方ないかもしれませんが、思い切って150分にして、各登場人物をじっくり描いても面白かったように思えます。が、それでも十分に楽しめる作品だと思いますので、お時間がありましたら是非ご覧くださいね。



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小坂俊史 「新婚よそじのメシ事情」

 (いきなりドアを蹴り開け、涙目で複雑な表情を浮かべながらツカツカとこちらに歩み寄り、バンッと机を叩いたかと思えば、開口一番)私は4コママンガが大好きです(出オチ)。幼少の頃、叔母の持っていた植田まさし大先生のフリテンくんにより開眼し(当時小3なので半分も意味は分からなかったが。分かったら逆に怖いが)サザエさんフジ三太郎などの新聞4コマを経て、色々な紆余曲折の果てに、ついに大学時代に大橋ツヨシ先生のエレキングという頂に到達し、いよいよ「4コマって面白ぇなぁ」と起承転結の世界に永住を決め込んだわけです(おおげさ)

 しかしこの時、私はまだ「4コマ専門誌」には足を踏み入れていませんでした。が、連日の実験実習にくたびれ果てたある日、家路の途中のコンビニで、何の気なしに4コマ専門誌であるまんがくらぶオリジナルを手に取りました。家に帰って気晴らしにマンガを読むにも、ストーリーを追う十数ページのマンガは何とも重たかったのです。で、4コマだったらサクッと読めるだろう、と考えたわけです。

 で、この時読んだ作品が重野なおき先生「グッドモーニングティーチャー」でありまして、主人公アズマの熱血に激烈に感動し、ヒロインのヨーコ先生の天然な激萌にときめいてしまった私は、しごくカンタンに重野先生のファンになりました。現在重野先生は戦国4コマ信長の忍びで大人気となり(もちろんそれ以前から人気はありましたよ)、しかし私はむしろ麻雀4コマ「雀荘のサエコさん」の方が好きだったりして、今も重野作品を追いかけています。

 

 さてそんな重野作品を追いかける中、私は例の如く熱帯雨林ふたりごと自由帳」という作品を見つけます。まだ熱帯雨林はカード決済メインだったので、急いで書店に走り、運よく見つけることが出来ました。これは重野先生が同人誌で発表した作品ということで、商業誌では書けないようないろいろと踏み込んだ内容の作品集でした。さて「ふたりごと」とありますように、この本には共著者がおりまして、これが小坂俊史先生であり、私はここで小坂作品を初めて読むことになりました。

 小坂先生の作品は重野先生よりもさらに奥へ踏み込んだ内容でして、それが小坂先生のさらっとした絵柄と相まって、より寓話性というか、人間の普遍的な側面をえぐり出しているように感じられました。一体この人は他にはどんな作品を描いているのだ?早速近所の本屋に足を運びますが、どういう訳か小坂作品はどこにも置いてありませんでした。結局私はそのまま小坂作品を追いかけるのを止め、いつしかその存在を忘れるのです。

 そして現在、「信長の忍び」の発売日をチェックしに熱帯雨林を訪れ、その時のオススメで小坂先生を思い出すのです。その作品こそ、今回ご紹介する「新婚よそじのメシ事情」というわけなのです(以上、毎度毎度の長い前置き終わり)。

 

 「新婚」とタイトルにありますように、この作品は長らく男やもめの覇道を謳歌していた小坂先生が、何を思ったか(無礼)40を過ぎて結婚し、奥さまが作るメシや自分のメシ癖(食習慣のこと。造語。変な日本語)について徒然と記した内容となっております。

 ここまで聞いて、普通なら「あぁ、嫁さんのメシがウマいとか、そういうハナシでしょ?」と浮世に掃いて捨てるほど存在するノロケ話を考えます。しかしそこは人間の業と原罪について一家言のある、現代のダンテたる小坂先生です(全部誇張アリ)。先述の通り、長らく男やもめで過ごしていたおかげで、フツーの新婚さんなら到底思いつかない心配事に頭を悩ませるのです。作中、子曰く(おおげさ)、

 

 「この歳(40歳)まで独身で、ひとり暮らし21年、在宅自由業(マンガ家)17年…。食習慣なんて、その間にただれにただれてしまった。」

 

 …とのこと。うん、わかるわかる。私も1人暮らしの学生時代、最初は物珍しさも手伝って、せっせと自炊をしていましたが、やがて米が酒になり、主菜はケンタッキーになり、副菜が緑のたぬきになりましたもん(飲みたいだけ)。おかげでブクブク太りましたし睡眠時無呼吸なんちゃらにもなりましたよ、ええ。もっとも小坂先生のただれっぷりには度肝を抜かれましたが。

 そんな「ただれた食生活」を長らく続けてきた先生、ここでいきなり「ちゃんとした家の出身」の女性と生活を共にすることになったらどうなるか?まさにメシ弱者による未知との遭遇もう想像するだけで面白いじゃありませんか!(非道)

 加えて先生は男やもめ故にアパートが魔窟となってしまい、交際中に奥さまを一度招いただけで、その上奥さまは実家暮らしのため、ビビッて奥さまのお宅にお邪魔することもなく、したがって先生は、まだ奥さまの手料理を食べたことがなかったのです。果たして奥さまの料理の腕前は…?もう愉快痛快ですね!(極道)

 その他、先生と奥さまの食に対する価値観の違い、先生による野郎メシ啓蒙活動、奥さまによるメシ矯正講座、先生のメシ幻想、奥さまのメシトラウマ、などなど、一口で「エッセーマンガ」というには幅がありすぎる内容となっております。

 

 

 ということで、本作品は野郎メシこそ世界の中心と考えていた小坂先生が、正しい食生活に触れて己の業の深さを噛みしめる「アラフォーオヤジメシあるある」と、しかしこれまで野郎メシも捨てきれない「揺れる中年ゴゴロ」を描いた、実にしょーもない傑作であります。取りあえずは立ち読みで小坂先生の壮絶なただれっぷりをご覧くださいな。お気に召されましたならば、是非1冊お買い上げいただいて、小坂夫婦のメシの充実にご協力くださいね(回し者)

 

いにしえゲーム血風録 十九回表「レイフォース(Con-Human編)」

いにしえゲーム血風録 十九回表「レイフォース(Con-Human編)」 http://ift.tt/2DJkZja

 今回ご紹介するゲームは1994年にタイトーから発売されたSTGレイフォースであります。…みなさん、タイトーSTGですよ!もはや説明の必要はないとは思いますが、ことSTGとなると異常に凝ってしまうタイトーです。メタルブラックの回でもお話しましたが、どういうわけかタイトーSTGとなると中二病炸裂な世界観に突っ走ってしまい当時のゲーマー達は戦慄と憧憬と畏怖を抱いたものですオレだけか)。ある意味心に引っ掻き傷を残すそんなタイトーSTGが私は大好きです(キメ台詞)そういうわけでお待ちかね、早速ストーリーからご紹介しましょう。

 

 

 遠い未来。人類は「原子配列操作による物質生成システム」を生み出し、ついに資源問題を解決する。このシステムを管理するニューロネットワーク「Con-Human」が開発され、全世界にネットワークを張り巡らせた人類は繁栄を極め、いよいよ外宇宙への進出に踏み出す。

 しかし突如「Con-Human」は人類による一切の操作、命令を拒否、一方的な大量虐殺が開始される。あらゆる機能を「Con-Human」に依存してきた人類に為す術はなく、ついに「Con-Human」は地球を機械惑星へと改造した。もはや人類の住める環境ではなくなった地球を捨て、人類は宇宙へと逃れた。

 しかし「Con-Human」の人類に対する攻撃は止まず、人類は惑星の破壊を決断する。人類は脳と機械を接続した機動兵器「RVA-818 X-LAY」を開発、一点突破による「Con-Human」破壊を目的とした「OPERATION RAYFORCE」が開始されたのだったのだった。

 

 

 …コンピュータの暴走!脳と機械の接続!母星破壊!重てぇ~!変わらず思春期の少年の妄想をひた走っております。さすがは設定凝り過ぎで定評があるタイトーであります。しかし、それがいい…(とても遠い目)さて悦に浸るのはこのくらいして、システムのご紹介に移りましょう。

 

 このゲームは縦画面縦シューティング(王道だ!)で、8方向レバーで自機「X-LAY」の移動、ボタン1で対空ショットを撃ち、ボタン2でこのゲームのキモである追尾ビームロックオンレーザー(後述)」を撃つことが出来ます。地形は無いので、敵機、敵弾に当たるとミスとなって残機が1つ減ります。残機を全て失うとゲームオーバー。残機は100万点と200万点で1機増えますこれが非常に重要です)。全7面で構成され、各面最後にいるボスを倒せばステージクリア、最終面の「Con-Human」を破壊すればオールクリアとなります。

 

 ではロックオンレーザーについてご紹介しましょう。自機の前方には照準があり、これを自機よりも低い位置にいる敵機(色調が暗めである)に合わせると「ロックオン」となり、この状態でボタン2を押すと追尾ビームが発射され、ロックオンした敵機に必ず当たります(画面外に逃げられた場合は別です)。

 敵機が上昇して自機と同じ高さや自機よりも高い高度に移動しても、「ロックオン」状態は持続し、ボタン2を押せばその敵に向かって追尾ビームが発射されます。しかし一定時間経ちますとロックオンは解除されてしまいますので、ロックオンしたら出来るだけ早く発射しましょう。また自機より低い位置にいる敵機(砲台とか)はロックオンレーザーでしか倒せないので注意が必要です。

 ロックオンレーザーは対空ショットよりも威力が高く大抵の敵機は1発で破壊することが出来ます。しかし耐久力の高い敵機の場合は集中ロックオンすることができ、例えば1体の敵機に3発ロックオンした後にボタン2を押せば、その敵機にロックオンレーザーが3発追尾し、命中するのです。また、1発で倒せる敵機を複数同時にロックオンすることもでき、この場合ボタン2を押せば、それぞれの敵機へとビームが発射されます。ロックオンレーザーは初期状態では5発まで同時発射でき、アイテムによって最大発射数が8発まで増えます。

 ロックオンレーザーで敵機を破壊した場合、1発で倒せる敵機に関しては得点に倍率がかかります。1発目のレーザーなら1倍、2発目なら2倍、3発目なら4倍…となり、8発目なら128倍になります。ですから同じ100点の敵機でも、1発目のロックオンで破壊すると100点ですが、8発目のロックオンで破壊すれば12800点となります。先述の通り、100万点と200万点で残機が増えますから、オールクリアを狙うならば高得点を狙うのも手です。

 

 続いてパワーアップです。自機「X-LAY」は赤い敵機を倒すことで出現するアイテムを取ることでパワーアップします。なお、スピードアップやバリアのようなヌルイアイテムはありませんいいすぎ)

・ショットアイテム:正四面体の形のアイテム

 このアイテムには「赤」と「黄」の2種類があり、赤は3つ、黄は1つ取ることでショットレベルが1つ上がりますショットレベルは最大6レベルまで上昇し、レベルが高いほど威力が強く、幅が広くなります

・レーザーアイテム:「L」と書かれた緑のパネル

 このアイテムを取るとロックオンレーザーの同時ロック数が1発増えます。最大8発まで増えます。

*アイテムを取ると1000点獲得ですが、最大パワーアップ状態で取ると2000、点以後1000点ずつ増加し、10000点まで上がります

 

 

 それではステージをご紹介しましょう。皮肉にも母星を破壊することになった人類の戦いをご覧ください。

・1面:敵前線基地

 人類と「Con-Human」の戦いによって生じた小惑星帯に設置された敵基地。多くの敵機が駐機しており、厳重な警戒が敷かれている。ボスである「デュアルランス」は大口径のレーザーランチャーを2門装備した戦艦であり、小型ながら脅威である。

・2面:惑星軌道上

 敵のステーションが並ぶ宙域。大型戦艦が多数航行しており、単なる物量による攻略は非常に難しいと言える。ボスであるギラソル」は空間転移装置を搭載した防衛衛星であり、堅固な防壁として機能している。

・3面:惑星上空

 惑星上空に設置された防空システムが舞台。いくつもの浮遊大陸が見られる。ボスである「ギガ」は防空システムにおける中核的存在の大型飛行体であり、レーザーとバーナーを中心とした攻撃を仕掛けてくる。

・4面:惑星地表

 惑星地表に展開された広大な敵基地。無数の対空砲と戦闘機による複合攻撃は苛烈を極める。ボスである「G.P.M.S-2」は大型の四足歩行型兵器であり、誘導レーザーとプラズマ機雷による攻撃を行う。

・5面、6面、7面:???

 これ以降のエリアは惑星中心核へと続いていると思われるが、無人偵察機による調査は不十分であり、「人型兵器」「核融合炉搭載型防衛システム」が存在していることが断片的に確認されているだけである。また「Con-Human」については一切の詳細は不明である。

 

 

 さて、本作は空中敵は対空ショットで、地上敵はロックオンレーザーで倒す仕様となっています。つまり中敵と地上敵を撃ち分ける必要があるのですが、このようなシステムは過去にもいくつかのゲームで採用されています。伝説のゲーム「ゼビウス」や、「ツインビーなどがそれにあたります。

 しかしこのような撃ち分けはリアリティこそありますが、ゲーム性に一役買うことはあまりなく、せいぜい地上敵の攻撃は激しいので、倒さないとちょっと厄介」くらいで、乱暴な話、ただプレイヤーに面倒な操作を要求するだけでした。ですから多くの縦シューは空中敵も地上敵も同一のショットで破壊出来るような仕様になっています。スターフォースはその最たるものでしょう。

 しかしながら本作における撃ち分けは非常に重要なフィーチャーのです。先に「空中敵は対空ショットで、地上敵はロックオンレーザーで倒す」と述べましたが、正確には「自機と同じ高さの敵機は対空ショットで、自機よりも低い位置の敵機はロックオンレーザーで倒す」なのです。この違いは敵機のアルゴリズムに関係しています。

 すなわち、低い位置にいる敵機のうち、戦闘機はしばらくすると自機と同じ高さまで上昇してきて、非常に激しい攻撃を仕掛けてくるのです。過去の作品のように「地上敵の攻撃は激しいので、倒さないとちょっと厄介」なんてレベルのものではなく、ミスしても不思議ではない攻撃をしてくるのです。ですからプレイヤーは敵戦闘機が自機よりも低い位置にいるうちに破壊する方が楽になります。

 この「低い位置のうちに敵機を倒さないとトテモ厄介」という仕様はゲーム全編にわたって採用され、結果プレイヤーは安定して先の面に進むためには、ロックオンレーザーで低い位置の敵機を積極的に倒す必要が出てくのです。しかしながら後半面になるに従い、低い位置の敵機を一度に破壊するチャンスは少なくなっていき、結果として「どの敵機を低いうちに倒すか」を考えなければならなくなり、非常に戦略的なプレイが要求され、絶妙なゲームバランスを実現しているのです。加えて先の複数ロックオンによる得点倍率」が絡みますと、もはや難解なパズルとなり、当時のシューターはパターン構築に夢中になったのです。

 

 さて、このようにゲーム内容は非常に優れていましたが、もちろんそれだけではありません。本作はグラフィックも非常に優れていたのです。本作はゲームシステムの仕様上、キャラの拡大縮小が不可欠でしたが、非常に滑らかに表現され、また先述のように「低い位置の敵機は暗めの色調である」ために、敵機の高低差が非常に分かりやすくロックオンの面白さを際立たせていました。

 そして忘れてはならないのが「ロックオンレーザー」の表現の美しさです。複数の敵をロックオンした時にはロックオンレーザーは花火のように四散し、耐久力のある敵に集中ロックオンした時には光の束となって収束していく…。光の筋となって敵を追尾するロックオンレーザは、ただ発射するだけでキレイで楽しいものでした。

 さらにBGMも名曲揃いでした。勇ましく、華麗で、しかしどこか悲しげな楽曲群は「この戦いには痛みしかない」とでも言いたげで、そのクリアな音色により人類の歴史に対する鎮魂歌のようでありました。サントラのノートによれば、本作のBGMは「X-LAYのパイロットの心象風景」というテーマで作曲されたらしく、機械との戦いのために脳と機械を繋いだ、つまり機械化した人間の「機械と人間の間で揺れ動く心」を描いたものだということです。機械化しなければ戦えなかった人類は、確かにヒトとしての終焉を迎えていたのかもしれません。

 

 ということで、システム、グラフィック、BGMの三拍子が揃えば、当然それは良いゲーム。レイフォース絶大な人気を博しました。そして続編であるレイストーム」、「レイクライシスと制作され、「レイシリーズ三部作」として歴史に名を残すのです。そして特に本作「レイフォースはその完成度の高さから、今なお支持され続けているようです。

 現在はSS、PS2、PCでプレイ可能なようですが、え、スマホでも遊べんの?それは知らんかった。しかし!縦シューは!縦画面で遊ぶもの!ですから是非!ゲーセンで遊びましょう!多分秋葉原とかのどっかにあるから!でも「みつからんよ」という方はこちらタイトーの底力をご覧ください。

 

 さて当時、丁度ゲーセン小僧だった私ですが、クリア出来たんですかねぇ…。多分、またあの雑誌のお世話になったんでしょう。なったに決まってます。本人がそう言うんです、間違いありません。ありませんとも。

 

 

 ということで、続きます。



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