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スポーツを中心にIT,ヲタク情報を含め、皆様の役に立つ情報を心掛けて更新していきます。複数ライターによるブログです。今までの過去記事全部載せていますので、きになるブログ2 http://kininaru.bulog.jp/ 本店もよろしくお願いします。

キリンヌューダ・スパークリングレモン

キリンヌューダ・スパークリングレモン https://ift.tt/2Xs1hl0


 先日、職場の自販機にコカ・コーラから満を持して発売となったエナジードリンクコカ・コーラエナジー」が入りましたので、好奇心丸出しで飲んでみました。




 …それはさておき(お察しください)、以前「ウィルキンソン・タンサン」の記事をこれでもかと書き殴りましたように、私めは炭酸水が大好きであります。日本において一昔前までは 炭酸水は酒の割り材であり、そのまま飲む習慣はありませんでしたが、ようやく時代がオレに追い付いた最近ではごくフツーに飲まれるようになり、それにつれて各メーカーから様々な(いろんなフレーバーの)炭酸水が発売されるようになりました。




 さて日本におけるタンサンの開祖は十中八九、まず間違いなくウィルキンソンなのですが(自信はない)、果敢にも欧米式の「炭酸水をそのまま飲む」というスタイルを日本に根付かせようとしたメーカーが別にありました。それが我らボクらのキリンでありまして、その商品とはNUDA(「ヌューダ」発音しにくい)」でありました。




 で、この試みが成功したかと言えば…、しませんでした。やはり日本においてはあまりにも先駆的な試みであったことは確かですが、少々厳しい意見を言わせていただければ、つまり美味しくなかったのです。




 恐らく「清涼飲料水」として売り出そうと考えたのでしょうが、この「清涼飲料水」という概念が却って足枷になったように思えます。つまり、ウィルキンソンタンサンが「水・炭酸」という潔い原材料にあるのに対し、ヌューダは様々な添加物が入っておりました。




 結果、これが不自然な味わいを生んでしまい、「…これはつまり、炭酸水なの?」と消費者を混乱させたようで(ていうか、私が混乱した)、「なんだか分からないヘンな味の飲み物(つまりマズイ)」ということになってしまいました。




 そしてヌューダは大コケし、市場から姿を消します。その後も何度かのリニューアルを繰り返しましたが、小コケを繰り返しただけで、大きなシェアを築くには至らなかったのであります。




 その後、どういう経緯かは知りませんが、おそらくはウィル公が相当頑張ったのでしょう、日本でもフツーの炭酸水を飲むという文化が花開き、全ての手柄はウィル公ということになったワケであります。きっとキリン開発陣はヘソを噛み千切らんばかりに七転八倒して悔しがったことでしょう。




 そして21世紀の現在。職場の近くのスーパーで「NUDA」のロゴを見た時は、「あぁ、オレは相当疲れているんだな、過去の幻影を見てしまうとは、あぁ、見てしまうとは。」と何度も力一杯瞬きをしたものです。そうです、あれだけコケたのに、ヌューダは帰ってきたのです。これはもう半ばキリンの意地なのかもしれません。




 ともあれ、「なにしにきたのおかえりヌューダ!」というわけなのですが、さてラベルに書かれている今回のヌューダのコンセプトは「スポーツのお供」だというのです。




 なんでもキリンが頑張って市場調査をしたところ、プロサッカー選手が練習やトレーニング後のリフレッシュに無糖炭酸水を飲んでいることを発見したそうです。で、この「スポーツの後に炭酸水」という新しい飲用習慣を提案しよういう戦略なのだそうです。




 なるほど、当ブログの筆頭ライターであるgalthie氏は大変なサッカー好きですが、残念ながらわたくしtodomeはサッカーはおろかスポーツにとんと興味がないタチですので、スポーツの後だろうがサウナの後だろうが、はたまた初代ストリートファイターの巨大ボタンを連打した後だろうが、炭酸水のキモは「味」と「炭酸感(炭酸が喉をいたぶる感覚:造語)」であると決めつけていますので、慌てず騒がず、じっくりと原材料に目を通します。




 すると、あぁ、なんということでしょう。原材料には「水・炭酸」のほかに、「香料・ビタミンC・クエン酸クエン酸Na」とあるではありませんか。手に取ったのがレモン味ですから香料は良いとしても(ウィル公のレモン味はもちろん「水・炭酸・香料」のみの漢配合)、キリンはまたしても炭酸水に余計なものを入れて味をぶち壊そうとしているのか…ッ!




 しかし同じくラベルには「運動後の水分補給と元気をサポート」とあります。なるほど、クエン酸疲労物質である乳酸を分解する効果がありますし、ミネラルの吸収を助ける効果がありますから、汗をかいた運動後の水分補給や疲労回復には役に立つでしょう。もっとも、乳酸と疲労には関連がないとも言われていますから、正直よく分かりません。あとビタミンCは昔から体に良いと決まっていますから(ばあちゃんのいうことに間違いはない)、これは諸手を挙げて喜びましょう。




 …そうか、別に味を調整する意味合いで色々入っているわけではないのか。加齢のせいか、すぐにカッとなっていけませんね。それでは炭酸水好きの端くれとしては味を確認しないわけにはまいりません。早速購入して家路に着くことにいたしましょう。







~~~~~~~~~~~~~~~(時間経過を表しています)







 さ、家に着いただぁよ。さて私は炭酸水を飲む時は風呂上りに一気飲みすることにしていますから、公平を期すために、まずは風呂に入りましょう。そして風呂に入る前には夕飯を済ませ、その後にコーヒーを煎れ、足の裏をモミモミし、某巨大動画サイトのレトロゲーム配信(およそ30分の動画)を見ることにしていますので、これらを全部済ませないことには風呂にも入れません。さ、全部済ませましょう。







@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@(時間経過を表現しています)







 ッぷぁ~、いい風呂だった(オヤジ全開)。これで明日仕事がなければ良いんだがな。いや、きっと近未来、AIが全ての仕事を請け負ってくれて、人間は有り余る余暇を面白おかしく過ごせる日が来るに違いない。収入はその余暇の様子を動画サイトに投稿して稼ぐのだ(妄想)。人間は仕事に忙殺されてはいけない。かの夏目漱石も「吾猫」で言っていました(言ってません)。




 と、いらんことを考えつつ、ヌューダの栓を開けましょう。そして過度の期待を抱かぬよう、出来るだけさりげなく、そう、Eテレ「びじゅチューン」ステキなナンバーでも歌い散らかしながら開けましょう。




 ムプシュとラベルの「強炭酸」の文字に違わぬ力強い開栓音。ほのかな檸檬(あえて漢字)の香り。悪くない、ここまでは、悪くない。飲み口に唇を付け、さぁ一気に飲もうかと思った瞬間、これまでのヌューダの味の歴史が蘇りました。




 初代の残念な後味、二代目の貧弱な炭酸感、三代目の中途半端な味…。リニューアルされる毎に「今度は、今度は傑作に違いない…!」と購入し、結局無言で枕を殴り続ける日々でした(一部誇張アリ)。これがキリンの限界なのであろうか、そう何度も強い諦念に襲われたものです。しかしすぐに「いや、あのメッツシリーズをこしらえたキリンだ!キリンは本当は出来る子なんだ!なにしろロゴの聖獣麒麟にコッソリ『キ』『リ』『ン』の文字を忍ばせ(以下略)




 そして意を決し、グイッとあおりましたところ、喉を突き抜ける炭酸感!程良い酸味!爽やかな後味!おおおおおおお!これはウマイぞ!ついに、ついにやりおったな、士郎!




 正直炭酸水なので、複雑な味ではありませんから、これ以上の味のレポートはむつかしいのですが、これまでのような変な風味や後味などの不自然さは全くなく、ただただ爽快感だけが口の中を転げ回ります。そしてクエン酸の酸味が後味を引き締め、強炭酸が心地よいゲップを促してくれます。まさに法悦!




 ついに、あぁついにキリンはやりましたよ、みなさん。これならば、今回は売れる!いや、正直、これまでの歴代ヌューダからは想像もつかないくらいの高い完成度でした。キリンよ…、こんなに立派になって…。




 もしかしてひょっとして、あのウィル公の「タンサン・レモン」よりも素晴らしい出来栄えです。 まぁ、炭酸感はやっぱりウィル公の方が一枚上手ですけどね。それでも今回の「キリンヌューダ・スパークリングレモン」は抜群の出来です。これは非常にオススメであります!




 さて、あとはノーマルの「キリンヌューダ・スパークリング 」の出来ですねぇ。公式サイトによれば、原材料は「水・食塩・炭酸・硫酸Mg・酸味料 」とありまして、この「食塩」と「酸味料」が引っ掛かるのですが…、近所のスーパーとかには今回の「レモン」しか置いてないのよね。近々見つけて味をご報告いたします。







 …いつかつづく



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小坂俊史 「新婚よそじのメシ事情」 巻ノ弐

小坂俊史 「新婚よそじのメシ事情」 巻ノ弐 http://bit.ly/2FipGU9


 四コママンガ界の哲学者で唯物論者でダンテで神曲地獄編な小坂先生の(意味不明)痛快なりゆき時代劇夫婦メシ漫才こと「新婚よそじのメシ事情」の二巻、いや、巻ノ弐が発売されました!やった!と言っても、そこは人生周回遅れの私のことです、本作の発売は実に一カ月くらい前でありまして、今更今頃な感想雑記であります。




 さて、しかしながら、もしかしてひょっとして、本作の第一巻の事をまるで知らないウブなあんちくしょうもおられるでしょうから、ここで「新婚よそじのメシ事情(以下「よそメシ」)」とはなんぞやを簡単にご紹介いたしましょう。







 上京以来、ひとり暮らし在宅自由業(つまりマンガ家)を営んできた小坂先生。野郎の独身生活をいいことに好き放題な食事を営んできた結果、あるいは締切に追われて食事をないがしろにした結果、小坂先生の食生活はただれにただれてしまいました。




 それがなんということでしょう、小坂先生はうっかり同じくマンガ家の王嶋環嬢と結婚してしまいました(無礼)。奥様のおかげで食生活、いや食文化レベルは人並み、いやいや人も羨むレベルにまでなってしまいました。




 これまでいわば最底辺の食生活を送ってきた小坂先生(失礼)。奥様の作る料理に感激しつつも、しかし独身時代のただれた食事にも心惹かれ、また各家庭の食文化の著しい違いに唸り、狼狽し、完敗を喫する小坂先生。そして見えてくる、奥様のちょっと偏った食へのこだわりがチラチラ。




 これは全く異なる食習慣を持った夫婦が、あーでもないこーでもないと毎日の夕餉で七転八倒するゆるいギャグ漫画、あるいは幸せな夫婦の物語である。







 ということで、本編では大体「奥様の豊かな食歴史(という日本語は正しいのかしら)」と「小坂先生の実に残念な食歴史」の対比がメインで、具体的には、




「奥様がウマイもんを作る」→「小坂先生が衝撃を受ける(主に「こんなウマイものがあったのか」)」→「小坂先生、己の来し方に思いを馳せる(主に「オレのこれまでの食生活っていったい…)」




 あるいは、




「奥様がウマいもんを作る」→「小坂先生が首を傾げる(「そんな食い方があるの?」とか「そんな食い物があるの?」)」→「夫婦激論」→「小坂先生の負け」→「小坂先生、己の行く末に思いを馳せる(主に「オレのこれからの食生活はいったい…)」




 という流れでありまして、互いに互いを呆れ返っております。奥様は小坂先生を「ジャンクだ!」と思い、小坂先生は奥様を「なんて手間暇をかけるんだ、エライッ!」と思い、…つまりは小坂先生の負けなんです。




 そもそも小坂先生は奥ゆかしい方なのか、それとも単にちょっとネガティブな方なのか、とにかく「人様に迷惑をかけること」を嫌います(出前は「持ってきてくれるのが申し訳なくて出来ない」らしい)。それはメシを作ってくれる奥様に対しても例外ではなく、「オレなんかのためにメシを作ってくれた…!」と感謝というよりも罪悪感に近い感情を抱いているのです。




 正直、メシを作るたびに罪悪感を抱かれてはたまったものではありませんが、しかし、人間誰しも大好きな人を大切に思い、困った顔など見たくはありません。小坂先生も同じことで、ただただ奥様のことを愛していて、それがちょっと過度に申し訳なく感じてしまっているのです。




 これだけだと小坂先生の自虐マンガですが、そこへ二人の歩み寄りが加わります。互いの食文化を理解し、「あ、これ結構美味しいね」と互いを認め合うのです。




 これらのやりとりを通じて、いかに各家庭における食文化に違いがあるのか、そしていかに各々には食に対するこだわりがあるのかを読者に示してくれたのが第一巻でありました。







 さて、待望の第二巻ですが(ようやく本題)、この「夫婦の食歴史の対比」がさらに明確になり、つまり奥様の食歴史は「日本人ならかくあるべき、四季折々の味を楽しむ」という「え?究極(至高)のメニュー?」的なフクザツな代物であるのに対し、小坂先生のは「好きなものだけ腹いっぱい、もうそれだけ食いたい」という「小中学生男子の食生活」的なシンプルな代物であることがキワキワに際立っております。




 で、結局毎度おなじみ小坂先生の「オレってヤツァ…」となるのですが、しかし第二巻ではそれ以上に、二人の歩み寄りがより顕著に描かれています。小坂先生は奥様の実家の「あるジャンクな料理」に感激し、奥様は小坂先生の大好物である「男前な料理」に舌鼓を打つ。そんな場面が二巻には多かったように思えます。恐らく結婚生活がある程度経過し、お互いの存在が自然になってきたが故に、自分の守備範囲から一歩足を出してみる余裕が出来たのでしょう。




 そもそも奥様サイドの「手を掛けた料理」も小坂先生サイドの「カンタンジャンクな料理」も、ぶっちゃけどちらもウマイのです。どちらが優れているとか高級だとか人としてちゃんしてるとか、そんなものは所詮人間の頭の中にしかないもので、舌の上ではどちらも等しくウマイのです。




 「味覚は才能である以前に、学習である」という言葉があります。繊細な味や香辛料の奥の旨味を感じ取るのは天賦の才ではなく、どれだけその味を体験してきたかによるわけで、結局、奥様は「こーいうものを食べてきました」であり、小坂先生は「こーんなものを食ってきました」ということに過ぎず、そこに貴賤はないのです。




 それでなくとも人間の口はひとつしかなく、世の中の森羅万象、全ての食べ物を口にすることは出来ませんから、その人その人の食歴史、つまり味覚の学習範囲は偏っても不思議ではないと言えましょう。




 つまり小坂先生と奥様の学習範囲があまりにもかけ離れているためにギャップ起こっているわけで、それを結婚生活を通して相手から新たな味覚を学習するという内容なわけです。これは「ウマイ」というものには、あるいは「マズイ」というものには実に多種多様な形があることを、夫婦にとって最も身近な他人「夫」や「妻」から身を持って学習していると言えましょう。




 このような学習は本能に訴えかける体験と言えますから、その点が傍から見ている読者にも新鮮な驚きとして伝わります。恐らくこれこそが「新婚メシ事情」たる由縁であり、しかしここに小坂先生の卑屈さ(褒めてますよ)が加わることで、「よそじ」感がいかんなく発揮され、いわゆる「家庭料理もの」とは全く味わいの違う作品になっていると思うのです。この点が前面に出てきた巻ノ弐は「いよいよ本題」ってな感じでしょう。







 そんなわけで「よそメシ」巻ノ弐は一巻以上に「食うとはなにか」を感じさせる内容でありました。…まあ、こんなコムズカシイこと考えなくても、フツーに面白くて、フツーに夫婦仲の良さに和むんですけどね。あと、決してリアルではないくせに、小坂先生の描くメシはウマそうです。今回は焼鳥丼がウマそうでした。メシがウマそうなマンガは良いマンガなのです。




 てなことで、オススメです。



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ワンコハザード

ワンコハザード http://bit.ly/2Ivee8r


 我が家には一匹バカ犬がおり、やはりバカなのか何故か私にたいそう懐き、そうなると人間悪い気はしないものなので、「おぉお前さま、お前さま」と、毎日やれ頭だ、やれ腹だと撫でくりまわしております。あぁ、愛いヤツ。




 が、こいつがなかなかのいたずら小僧でして(メスだけど)、ティッシュやビニール袋を見つけると「これはアタイの物よ」とばかりに咥えてあっちこっちを駆け回り、結果あたりはゴミだらけという悲劇に見舞われるのです。




 そもそも我が家にはしつけを完遂できるような甲斐性のある人間は一人もいないので、当然の帰結としてトイレトレーニングだけしか出来ておらず、幼いのをいいことに先述のように家中を暴れまわっているのです(飼い主失格)。




 そんなあばれはっちゃく将軍吉宗を大人しくさせるには、これはもう、ヘトヘトに疲れさせるしかなく、そこは若いみぎりのお前さまでありますから、相当量の散歩を消化しなければならないことになります。




 果たして目論み通りにヘトヘトになって帰ってきて、大人しく座布団でグースカ惰眠を貪ってくれるのですが、 しかし散歩といえば世間では「コレおいでやす」「ワンワン」とばかりに牧歌的な光景が思い浮かぶのでしょうが、あにはからんや、全編これ猛ダッシュの様相でありまして、つまりは人間様もヘトヘトになって帰還、こちらも座布団に突っ伏してゼーハーと相成るのであります。




 さて、散歩は毎日のことでありますから、おんなじコースばかりを辿っていては犬もヒトも「自分は結局社会の歯車のひとつに過ぎないのではないか」という凡庸という名の焦燥感に駆られてしまうので、今日はアチラで、明日はコチラ、昨日はパリのシャンゼリゼ、結構毛だらけネコ灰だらけとばかりに(妄言)新天地の開拓に勤しむわけです。




 で、先日のことです。私とお前さまは約束の地を目指して橋向こうのバスターミナルへと向かいました。このバスターミナルは4階建てのビルで、1階は駅前にあるようなロータリーがあり、2階から上は商業施設となっており、そのうち2階はテラス状になっていて、そこをぐるりと飲食店が並んでいる造りとなっています。




 我々探検隊(出来れば「あるある」じゃなくて「川口」の方)はターミナルビルの足もとに到達し、いよいよこの神経塔を攻略してやろう、やらいでか、と息巻いておりましたが、そこでフト、私の頭に巨大な?が浮かび、急に立ち止まった私を「どうした、兄者」とばかりに見上げるお前さまに話しかけました(つまりひとりごと)。




「ココは果たしてお前さまら眷属の立ち入って良い所なのじゃろうか?」




 思えばお前さまのような眷属の立ち入って良いかどうかわからんちんなグレイゾォンが結構あるものです。今回は私が疑問に思ったいくつかのグレイゾォンをいくつか挙げ、皆さまにご意見を賜ろうかと思った次第であります。…え?知恵袋?せっかくのブログのネタを知恵袋に捨ててしまうほど、私は善良ではありませんよ。







1:バスターミナル




 まずは問題提起となったバスターミナルを考えてみましょう。通常、バスターミナルはぐるりと壁で囲まれており、これは明らかに「建物内」なわけですから、眷属が立ち入ることは憚られます。しかし私たちが訪れたターミナルはドアや壁で外界と隔てられているわけではなく、道路や歩道からそのまま立ち入ることが出来ます。




 これは外なのか、中なのか?まぁ、天井があるので「中」と言えましょう。ではテラス状の2階はどうでしょう。ここに上がるための大階段は外の歩道に接続されていますし、天井もありません(周囲を囲む飲食店の2辺が3階、4階へと続いている)。言ってみれば、このテラスは空中回廊であり、歩道橋と同じ類の物のように思えます。ここは外なのか、中なのか?




2:地下街




 近所の繁華街には「R○○○」という地下街があり、繁華街の中心部を東西に500メートルほど貫いています。ここへ降りる階段は屋根付き、ドア付きの建物の中にしつらえてあります。この時点で既に「中」という感じはします。




 しかしこの地下街、実は相当寂れていまして、地方都市にありがちなシャッター街となっています。開店している店舗は数えるほどしかなく、後は役所の出先機関があるだけです。




 実際、この地下街を通行している人は本当に「通行している」だけで、最早雨風をしのぐことの出来るアーケード付き通路となっています。確かにここは中ですが、しかしこれは単なる地下通路と変わらないのではないでしょうか?(あとここは早朝真っ暗で、ダンジョンみたいで楽しいので、歩いてみたい)




3:公園




 「え?公園?それは入口とかに立札があるでしょう?『このはしわたるべからず 桔梗屋』とか」とか仰る方がおられるでしょうね。確かに眷属が入っても良いかどうかは入口の看板を見れば分かります。




 しかし私が疑問に思うのは公園内の施設のことです。まぁ、東屋とかベンチとかは良いでしょう。では遊具は?確かに砂場とかは衛生上良くないでしょうが、眷属を滑り台で滑らせるのはアウトでしょうか?




 というのも、近所の海沿いの公園にはコンクリート製の巨大なお城があり、中央の螺旋階段を上りますと、そのテッペンからステキに長い滑り台が伸びているのです。




 あぁ、コヤツを私のお前さまと滑り降りてみたい…!とても…!でも看板にもHPにも何にも描かれていない!でもたまに公園の滑り台で愛眷属を滑らせている飼い主の方を見たことがある…!良いのか?悪いのか?(ほぼ願望)







 …と、ここまで書いてフト気が付きました(またか)。つまり「ウンコされると困る場所」は全部ダメですよね。たとえちゃんと拾ってもダメな所ですよ。




 そうなると…、バスターミナルはダメ、その上のテラスもダメ、地下街もダメでしょうねぇ(多分商店街もホントはダメ)。あと公園はまだしも、滑り台もダメだね。そうか、ウンコを基準に考えれば良いのですね。…いかん、自己完結してしまった!




 でもここまで書いちゃったので、もったいないのでアップしちゃいました。え~、ここまでお付き合い、ありがとうございました。ちなみに私、ホントは猫好きです(だいなし)。




 以上!完!



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たまにはエラそうに物を言いたい

たまにはエラそうに物を言いたい http://bit.ly/2WaN3o8


 先日のことです。仕事帰りに近所のスーパー、佐藤九日堂(仮名)に寄りましたところ、「ご当地ラーメンフェア」という催しが開催されていました。とはいえ、別に全国各地に名店がズズズィィッと軒を連ねている訳ではなく、いわゆる「ご当地カップ麺」がまとめて販売されていたのです。




 博多、京都、尾道などなど。ラーメンバカの端くれである私はほぼ自動的に売り場へと足を進めました、そこでふと「我、天啓ヲ得タリ!」となりまして(誇張)、その足を止めたのであります。




 私はラーメンの中でもトンコツが大好きですが、これまで購入したトンコツカップ麺にはホトホトウンザリしていました。以前「ラ王 復刻版しょうゆ」の回でお話しましたが、ここで今一度引用(つまりコピペ)いたしましょう。




 最近はどのトンコツもガッカリションボリでして、というのも、どうも昨今のメーカーは「コク」と「甘み」を混同しているようで、ラベルでは「濃厚!」とか「特濃!」とか「口の中ベッタベタ!(こんなことは言わない)」とか謳っているのに、いざ食ってみると何か妙に甘いだけというモノばかりだからです。まぁ私の口がおかしいかもしれませんが(譲歩)。




 あぁ、可哀想な2018年2月19日の私!現世市井のトンコツカップ麺に絶望しているッ!あたかも暗い夜道で途方に暮れるダンテのようにッ!しかし考えてみれば、トンコツラーメンのあの風味をカップ麺に求めようというのが無理な話かもしれず、もしかしてひょっとして、ニポンラメーンのファミリーベーシックである(意味不明)しょうゆ味ならば、世を儚むこともないやもしれぬ。




 そう考えた私は、かつて居を構えた京都の味を選び、「ぁあぁあ、青春の味!」とひとり盛り上がることを期待して帰途に就いたのです。が、結局目を真っ赤にして泣きじゃくりながら残ったスープをシンクのリムボ(辺獄:なんてことはない三角コーナー)に流し込んだことは、口が裂けても言いますまい。




 ということで、今回お話したいのはカップ麺はカップ麺であれ!」という極論であり詩論であり傲慢であります。




 かつてカップ麺は「お菓子麺」で揶揄されるくらい(少なくとも我が家では)、本格的なラーメンの味は求められない食べ物でした。麺がある、スープがある、一応具もある。しかしこれは決してラーメンではない。いや、むしろラーメン感を求めてはいけない。カップ麺はそんな食べ物であったように思えます。




 それがどうしたことでしょう、いつの頃からか(多分生麺タイプのカップ麺が出た頃から)、我々人類はカップ麺に本当の本物のラーメン感を求めるようになりました。あなおそろしや…ッ!




 最初は「これは本物のラーメンみたいだねぇ」とか「なかなか具が豪華だねぇ」とか、それはそれは無邪気なものでした。しかし人間の欲望は「猿の手」よろしく限りがなく、あたかも天を突くバベルの塔をこしらえたように、カップ麺を本物のラーメンにしようと企んだのです。




 より生麺のような食感を求め、より複雑に出汁が絡み合うスープを求め、あるいはより肉厚で食べ応えのある具を求めました。そしてある程度までは成功し、本物のラーメンまであと一歩というところまで来ました。




 しかし、CGやロボット工学における「不気味の谷」と同様に、そこから歩を進めようとすればするほど、本物のラーメンとは似ても似つかぬモノが生まれてきたように思えます。特に例を挙げませんが、しかし私がこれまで食べてきた「ご当地ラーメン」はなまじ本物を知っているが故に(京都ラーメンは週5で食べてました)、私には全く別物にしか思えませんでした。ここで私は大胆にも断言いたします。




カップ麺はラーメンになれないのです」




 もちろん、メーカーの皆さんは血反吐を吐くような開発努力をなさっているのはよく分かります。しかし結果としては到底本物のラーメンになりえないと言わざるを得ません。




 何故なれないか。やはり乾燥技術の限界なのでしょう。あたりめを戻しても生のイカに戻らないように、乾燥させた麺は元の食感には戻らないのです。またレトルトタイプの生麺にしても、保存の関係から麺に何かしらの添加物を加えなければならず、それが本物のラーメンの麺とは違う味わいを生んでしまうのでしょう。




 幸いスープに関しては本物近くまで再現出来ていますが、しかし不特定多数を相手に販売するにはどうしても平均値の味、すなわち「万人受けする味」にする必要があるため、どうしてもお店の味を完全に再現するわけには行かないのだと思います。




 これは以前「カップヌードル チリトマトヌードル」の回でもお話ししましたが、やはりラーメンとカップ麺は全く別の食べ物なのです。そもそも即席麺を発明した賢人安藤百福をして、「(チキンラーメンは)普通のラーメンとは違う食べ物である」と説いているのです。




 しかしカップ麺には相当量の需要があることも事実です。何故人はカップ麺を求めるのか。これは「チリトマトヌードル」の回でもお話ししましたが、それはカップ麺を買う人は、決して本格ラーメンの味を求めているのではなく、カップ麺の味を求めているように思えるのです。




 私感ではありますが、私がカップ麺を食べて満足感を得るのは圧倒的に「いかにもカップ麺」なカップ麺を食べた時です。敢えて例を挙げますと「カップヌードル」や「チキンラーメン」、「ぺヤングヌードル」や「ブタメン」、「赤いきつね」と「緑のたぬき」など、どう考えても「ラーメン(あるいはうどん)」と名乗ることが図々しいニクイカップ麺(褒めてますよ)ばかりなのです。




 これらのカップ麺の味を表現するとすれば、「食ってなんかウマイ」としか言いようがありません。「ウマイ」であって「美味しい」とか「美味」ということではなく、いわば駄菓子屋でうまい棒やヨーグルを食った時に感じる「ジャンクなウマさ」なのです。




 これらのカップ麺は本物のラーメンの食感や味、風味などを、誤解を恐れずに言えば、完全に無視しています。さらに乱暴に言わせていただければ、これらのカップ麺には「ラーメン(うどん)になろう」という気はさらさらなく、先の「なんかウマイ」だけを追い求めていると言えましょう。




 なるほど、この「ウマイ」が至上命題なのですから、本物のラーメンやうどんを追従する必要はまるでありません。むしろ安藤翁の言葉「ラーメンとは違う食べ物である」を素直に従って、つまり「ラーメンでなければならない」という呪縛から解き放たれ、単純に油で揚げた麺に合うようなスープを作れば良いのです。元々「ラーメンとは違う食べ物」なのですから、どんな形であろうとウマければ良い。そんな自由なスタンスこそがカップ麺であるように思えます。




 恐らく、世のカップ麺を求めるほとんどの人が、この「ジャンクなウマさ」を求めているように思えます。そりゃそうです。本当のラーメンを食べたければ、別に会員制でも遠く海外にあるわけでもないのですし、遠くのご当地ラーメンも今や近所やショッピングモールなどで見つけることが出来るのですから、本当のラーメン屋に行けば良いのです。それでも敢えてカップ麺を選ぶのは、カップ麺の味を求めているからなのです。




 そんなわけで、田舎のカップ麺好きとしましては、メーカーの皆さまが本物ラーメンを追い求めるよりも、むしろジャンクなカップ麺らしさを追求して、さらにお菓子っぽい愉快なカップ麺を作ってくれることを願ってやみません。







 …と、ここまで書いて、フト気が付きました。そういう私こそがカップ麺にラーメン感を強く求めているのです。これはいけない。そこで私は考え、決意しました。




 今後ご当地カップ麺は「ラーメンと思わない」で食べることにします。思えばこのオリジナルとはちょっと違うご当地ラーメンも、食ってみればそこそこウマイのです(だからこそ懲りずに買っている)。つまりこれもまたカップ麺の「なんかウマイ」に含まれるわけ、従ってご当地カップ麺もまぎれもなく「カップ麺」なのですね。




 「ラーメンは国民食」と言われていますが、しかしその起源は中国にあります。しかしカップ麺は紛れもなく日本で生まれ、独自の進化を遂げてきました。案外カップ麺こそ、日本の国民食と言えるのかもしれません(それっぽくまとめる)。




 以上!完!



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うさくん 「にゃん天堂」

うさくん 「にゃん天堂」 http://bit.ly/2K5I0Da


 すっかりお忘れかと思いますが、当ブログにおけるわたくし「todome」の守備範囲は「ゲーム」でありまして、レトロゲーム雑感「いにしえゲーム血風録」を細々とやっているのですが(前シリーズ「いにしえゲーム回顧録」もよろしくね!読みにくいけど)、つまり私はゲームが大好きであります。




 ですからゲームと名が付けば取りあえずは手に取ってしまうあほうでありまして、今回ご紹介する作品「にゃん天堂」も内容が「ゲーム」だからと読んでみたという、バカ丸出しの動機なのでありまして、しかし読んでみたら異常に面白かったので、「すわ、こいつぁ掘り出し物だなや、やれうれしや谷岡ヤスジ風)」ってことで、取り上げることにしたのでヤンス(メガネ君)。それではあらすじ、どうぞ!(ベンジャミン伊藤風)




 老舗玩具メーカー「にゃん天堂」。かつては家庭用ゲーム機「スーパーニャンコン(スーニャン)」を開発し、次々とミリオンヒットを飛ばした強豪であったが、技術革新の波に乗り遅れ、今はゲーム開発部門も大幅に縮小。もはや時代遅れとなったスーニャンの専用ソフトを細々と作っている弱小となってしまった。…しかし弱小なのをいいことに、大手では到底思い付かない珍奇ソフトを生み出すメーカーでもあったのだ!




 てなわけで、本作は弱小ゲームメーカーが舞台でありまして、あらすじにもありますように次々と珍奇ソフトを開発しやがります。それでは登場人物の紹介です。




・社長:猫谷 にゃん天堂の社長。かつてゲーム開発部門に所属しており、そのためかゲーム開発部門に入り浸っている。専用コントローラーに並々ならぬ思い入れがあるらしく、新作が完成する度に専用コントローラー開発を打診し、断られる。奥さんがゴリラ(並の顔面)。




・開発チーフ:新一 にゃん天堂ゲーム開発部のリーダー。主にコイツの発案で珍奇ゲームが生み出される。ゲーム本編よりもミニゲームに力を注ぐ悪癖がある。どう考えても売れそうにないゲームでも、それっぽい「良い話」を強引に作り、社長を納得させる手腕を持つが、やっぱり売り上げには結びついていない。




・グラフィッカー:小夜 にゃん天堂ゲーム開発部のグラフィック担当。どんなゲームであろうと隙あらばエロ絵を仕込もうとするCEROガン無視な人。周りの人間全てが自分の身体を狙っていると思っているが、そんなことはない。




・ドットワーク:みすずさん にゃん天堂ゲーム(略)のドットワーク担当。スーニャンはかなり昔のハードなのでポリゴンなど出来るわけもなく、未だにドットグラフィックであるため、実に貴重な人材。ほのぼのとした女性ながら、所々エロい人。




・コンポーザー:たろすけ にゃん天堂(略)の作曲担当。これまで開発されてきた全てのゲームの曲を作ってきただけあって、そろそろ才能が枯渇気味。みすずさんのさりげないエロにやられてる人で、お察しの通り、ムッツリ。




プログラマー:ヤス ポートピア連続殺人にゃん天(略)のプログラマー。ほとんど喋らないが、ゲームに対する情熱は人一倍(のはず)。新一とは幼馴染みで、にゃん天堂のゲームに惚れ込んで入社した。熟女好き。




 …なんか既に濃ゆいメンツだなぁ。イヤな予感しかしませんねぇ。で、こいつらがなんや訳の分からんゲームを作ってしまうわけです。基本的に当ブログはなるべく一切のネタバレは出来るだけ最小限避ける方針が目標なのですが(へんな日本語)、どんなゲームかが分からんと全くチットモ読む気が湧かないでしょうから、いくつかカンタンにご紹介いたしましょう。




・玉拾いゲーム 最初は野球ゲームなのだが、ヒットを打つともれなく近所の家のガラス窓をカチ割り、住人が烈火のごとく怒り狂って追いかけてくるので、上手いこと逃げるゲーム。野球そっちのけ。




・心を持ったラジコンでのレースゲーム 文字通り、意思を持ったラジコンと友情を育みながらレースを勝ち抜いていくゲーム。所々マリカーをパクっている気もするが、気にしない。




 …えー、もういいでしょう。もう十分に彼らがイカれてるのはお分かりいただいたと思います。あと、やけにエロが多いのも不安要素と言えましょう。が、ここで忘れてはならないのが先述の登場人物紹介であります。




 かたや本編以上にミニゲームを詰め込み、かたや二言目には「専用コントローラーは?」と寝言を言い、かと思えば画面の隅にエロ絵が見え隠れしているのです。で、開発室ではドット打ちがチラチラと無自覚にエロを振りまき、コンポーザーがムラムラしていて、プログラマーは熟女を思い浮かべながらカタカタカタカタ…(よく考えたら、上記の珍奇ゲームをプログラム出来るってのは相当な手腕だな)。これが地獄絵図でなくてなんでしょう。




 そもそも作者のうさくんは元々エロ雑誌の人でして(わぁ、道満先生と同じだ)、前作の「うさくんの脳みそやわらかい(短編集)」でもしょーもないエロネタをバンバン炸裂させていました(「にゃん天堂」も元々はこの連載の不定期コーナーとして始まったという伝説の連載)。




 ですが、本作はゆるふわな柔らかいタッチの絵柄でありまして、それほどドギツクはありません。いや、むしろゆるふわなタッチであるのを逆手にとって(むしろそれをいいことに)エロギャグをかましているとしか思えません。




 とはいえ、作中で開発されるゲームがどれも「…ちょっと面白そうだな。」と思えてしまう妙はなかなかのものです。多分うさくん自身がかなりのゲーマーなのでしょうね。ていうか、そもそも掲載誌が電撃だし。




 そんなわけ、曲がりなりにもゲーム好きの方には是非読んでいただきたい珍品であります。が、「当ブログで紹介した作品は高確率で打ち切りになる」というジンクスがあるのですが、大丈夫、もう既に打ち切りで終わってまして(多分時代が追い付けなかった)、全2巻!スッキリまとまってるね!(ポジティブ)




 で、毎度おなじみ試読はこちら。多分紙媒体は入手しにくいと思われますので、電子で手に入れればいいじゃない。そしてバスとか電車の中でニヤニヤすればいいじゃない。そんなわけでオススメですよ。



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